「幸福(しあわせ)」をカタチに。ウェルビーイング予算に込めた想い
―品川区では「ウェルビーイング予算」が編成されています。待機児童数などの客観的な数値だけではなく、あえて区民のアンケートに基づく「幸福の実感」を政策の柱を置いた理由と、その指標を追うことでどのような差が生まれてくるとお考えか教えていただけますでしょうか?
そもそものきっかけは、日本は経済的・物質的には豊かなはずなのに、世界幸福度ランキングで2012年調査開始当初から低いポジションにとどまっている(2026年版では世界61位)ということに着目したことでした。人生の選択の自由度の低さや、社会の寛容さの低さが要因として指摘されています。
私は区長就任以来、「誰もが生きがいを感じ、自分らしく暮らしていける品川」を一貫して掲げ、様々な施策に積極的に取り組んでいます。「家庭環境や性別、障害の有無に関わらず、誰も選択を阻まれることなく自分の望むように生き、幸せを感じられる」ために行政ができることは何か。それは、区民の不満や不安の「不」を取り除き、多様なニーズに応じた多様な選択肢を提供していくことだと考えています。
2023年に実施した全区民アンケートの中で、「自分らしく暮らしていく上で、重要度は高いが満足度が低いもの」をマトリックスで分析した結果、浮き彫りになったのが「子育て」でした。品川区は以前から子育て施策に力を入れていましたが、それでもまだ満足度が低い領域に入っていたので、もっと子育て支援が必要だと改めて認識しました。
私自身も子育てを経験していますが、乳幼児を連れて街を歩いている時に少し肩身の狭い思いをしたこともありました。「地域社会から温かく受け入れられ、子どもと子育てが応援されている」という実感が、日本ではまだまだ低いのではないかと思います。だからこそ、社会から応援されている実感を持ってもらうために、行政としてできる様々な支援策を打ち出しています。
都心でありながら「水と緑」に恵まれた、働きやすく育てやすい環境
―「子育てのウェルビーイング」に焦点を当てた施策を進められてきて、区民の皆さんからの反応やアンケート結果に変化はありましたか? また、品川区を歩いてみて、高齢者の方々も生き生きと生活されていて非常に良い街だと感じたのですが、環境面の魅力についてはいかがでしょうか?
街で子育て世代の方々とお会いする機会があり、「すごく助かっています」といった具体的な声を耳にすることが増えました。また、子育てに限らず、世論調査でも「幸福実感度」が7.9ポイント上昇するなど、区民の幸福度は着実に向上しています。様々な施策が区民の幸福度に繋がっていると考えていますが、まだまだ進めていかなければならないことはたくさんあります。
環境面で言いますと、都心部でありながら目黒川や京浜運河など豊かな水辺の環境があることが挙げられます。交通の利便性も高いため子育てがしやすく、同時に働きやすい環境でもあるため、子育て世代の方々に選んでいただけているのだと思います。
「区長自らSNSをチェック」―リアルな声を政策に反映する仕組み
―子育て世代のニーズは変化が激しく、日々忙しい中で本当に求めていることを的確にキャッチされているのが品川区の素晴らしさだと感じています。その効果的な情報収集の秘訣は何でしょうか?
1つは、「区民の声」です。区民の皆さんからメールや専用フォームで寄せられるご意見は、区長である私自身が必ず目を通しています。「この制度はこういうところが使いにくい」「ここをこうしてもらえたら助かる」といった具体的な声が届きます。
また、X(旧Twitter)などのSNSも見ています。都度お返事することはできませんが、リアルな声が書かれているのを見て気づきを得ることも多いです。街中のイベント等でお会いした際に直接ご意見をいただくこともあり、そうしたあらゆる場面での「リアルな声のキャッチ」がポイントになっているかと思います。
―制度を作るだけでは当事者になかなか届きません。作られた制度を確実に区民へ届けるために、どのような工夫をされていますか?
これは行政にとって本当に大きな課題です。制度や仕組みを作ったところがゴールになりがちですが、「本当に必要な人に届いてこそがゴールである」という意識を、庁内で強く共有しています。
区の広報紙やホームページに加え、XやLINEなどSNSでの情報発信、そして「しなぽけ(しながわこどもぽけっと)」というアプリを通じて年齢別に情報が届くようにしています。また昨年は、QuizKnock(クイズノック)の伊沢拓司さんとコラボし、YouTubeで子育て政策を紹介してもらうといった取り組みも行いました。
社会全体で支える“ベーシックサービス”の考え方
―品川区の施策は、子育て世代の目線に合っていると感じます。これまで様々な事業をされてきた中で、「ここまでは行政が担うべき」「これ以上は過剰ではないか」といった、政策を判断する際の基準やボーダーラインはありますか?
ベースとしては、「人々の幸福(しあわせ)、ウェルビーイングのため、人間が自分らしく暮らしていくうえで、不可欠な生活の基盤となる子育て、医療、介護などの行政サービスについて、「所得制限なく」、すべての人に「無償」で提供していく」という『ベーシックサービス』の考え方があります。
日本は現役世代への教育や社会保障にかかる財政支出の水準が諸外国に比べて圧倒的に低く、OECDの調査によれば、日本の公的支出における教育費の割合はわずか8%、比較可能な37か国のなかで4番目に低い水準であり、加盟国の平均をも下回ります。これは、非常に深刻な問題だと思います。
そのため、子育てや教育を自己責任にするのではなく、社会全体で支えていくというベースがあり、未来を支える社会の宝である子どもの健全な成長のために、孤独な子育てをなくし、つながりを作ること、そして「子育てが社会から応援されている」と感じられる取り組みは、必要不可欠だと考えています。
経済的な負担の解消はもちろん、悩んでいる方が行政に声を上げにくい現状に対しては、行政側が困りごとにアプローチしていくアウトリーチ型の支援にも力を入れています。日本の現状では子育て支援はまだまだ足りていませんから、やりすぎと言われるくらいでなければ追いつかない状況ではないでしょうか。家庭だけでなく、社会全体で子どもと子育てを支えていくため、重点的に取り組んでいきます。
「体験格差」をなくす。公共施設「子ども料金」無償化への挑戦
―手厚い支援をどんどん進められている中で、今後新たに取り組んでみたい施策などはございますか?
(※取材時)ちょうど来年度予算案で審議中ですが、区有公共施設(プール、体育館、ボルダリング場、歴史館、プラネタリウム場、弓道場など)の「子ども料金」無償化を進めようとしています。
これは「体験格差」という社会課題に着目したものです。料金を所得制限なく無償化することで、子どもたちが気兼ねなくプールや体育館などの公共施設に行ける環境を作り、日常の中で多様な経験を積み、健全な成長に繋げていきたいという思いがあります。
以前、給食費を無償化した際に、子どもたち自身から「無償化してくれてありがとう」という声がありました。親が助かっている姿を見ているのもあると思いますが、「親にお金を払ってもらうのは忍びない」と、子どもながらに経済的な負担を気にしていることに気づかされ、こういった施策が実際届いていることを実感します。子育てに関する経済的負担を解消し、社会全体で支えていくことは本当に重要だと改めて感じています。
―最後の質問になります。今後、アカチャンホンポから品川区の子育て世代に向けて再度アンケートを実施する予定なのですが、区長から子育て世代に「これを聞いてみたい」というものはありますか?
そうですね、「もっとこうなったら、品川区で子育てしたいと思えるか」というポジティブな要望を聞いてみたいです。
また、年齢や世帯によって全く違うとは思いますが、行政の施策で「何が一番、子育て中の孤独感を救ってくれたか(助かったか)」「ほかの人にオススメしたい子育て支援は」といったこともぜひ聞いてみたいですね。
―ありがとうございます。アンケートではその点もしっかり質問させていただきます。
本日はありがとうございました。
本インタビューで語られた問いをもとに、アカチャンホンポでは品川区の子育て世帯に追加アンケートを実施しました。実際に寄せられた声から見えてきた“子育てのリアル”とは――次回の記事で詳しくご紹介します。